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Kitaya Ryokan

旅館 喜多屋/国登録有形文化財の改修



築100年超の近代和風建築である国登録有形文化財「金沢園」を「旅館 喜多屋」として再オープンさせるプロジェクトである。(注:当地への移築は昭和4年)

建物を保存するためには現実問題として活用し収益を生み出すことが欠かせない。 そのため横浜市都市デザイン室が主導して事業者を募り、(株)AIJが選定された。 昨今のインバウンド需要が見込めるとして、当初の用途である旅館での活用がAIJより提案された。

しかし、一旦旅館としての営業を終えていたため、旅館業の許可を再度得る必要があると担当部局より判断される。 旅館業の許可を得るために、主に2点の改修を行った。
1、耐震性能の確保
2、客室のプライバシーの確保

耐震性能については、原則は建築基準法に規定された性能が必要である。しかしそれを満たすためには多くの耐力壁を設けねばならず、文化財の価値を損ねることは明らかであった。 そこで、有識者の判断をあおぎ、押入れ内など見えない部分だけに耐震要素を配置することとした。 これにより基準法上の強度の1/2程度を得られた。中地震程度には耐えられる計算である。

プライバシーの確保について。伝統建築であるので客間は明り障子や襖で仕切られ、上部には欄間が設けられていた。 これらは他の宿泊客に簡単に覗かれたりしないよう、板で塞ぐなどの処置をした。 ただし客室の雰囲気が台無しになるので、極力室内側からの見た目が変わらないように工夫した。 また、古い材を傷めないようにビスを使わず細いピンを使うなど、原状回復ができるようなディテールを追求した。

旅館としてまずは再スタートを切ることができた喜多屋。 事業が順調に回れば、さらなる補修や耐震性の向上なども可能だろう。 莫大な初期投資をして完璧に補修を行うことができれば簡単だが、それが難しい文化財は多く存在するだろう。
まずはできるところから・・・参考にできる文化財は多いのではないか。

与謝野晶子が歌会を開いた大広間。創建当初のままの格天井や照明器具、襖絵が残る。旅館の経営を考えれば細かく個室に区切って貸し出すのが正解だが、この雰囲気を守るためドミトリー形式での宿泊を想定している。現在の需要に対応するためにはどうしても空調やコンセントは欠かせない。エアコンは仕方ないにしても、コンセントは置き家具に仕込むことを検討したが、我々のコントロールが及ばず露出となってしまった。


南側外観。ガラス障子が連続するので耐震要素が全くとれない。室外機を移動したかったが今回はできなかった。今後対応できるといいのだが。


玄関も創建当初の趣を守っている。右手の平屋建て部分は旅館と同じくAIJが運営するレストラン。


美しい模様の結霜ガラス。2mmと薄いが大切に残されている。


繊細な仕事の組子も至る所に残る。


客室の意匠はおおむね創建当初のまま残すことができた。


欄間は片側から板をあてて覗けないようにしている。板の固定は柱や回り縁に細いピンを打つのみとした。(ここまで撮影/Atsushi Fuji)


障子は開かないように鴨居溝に木端を入れて固定し、室内側からの見えは変わらないようにした。廊下側は、障子の厚みの中で下地を入れて板を張ることで敷居鴨居の厚みの内で納めることができた。古い部材への固定はビスを使わずに細いピンのみとし、原状回復ができるようにしている。


耐震補強の基本方針は、押入れの3方の壁および床下と天井裏の5面を構造用合板で固めた。これにより文化的価値が高い客室内の意匠を改変することなく耐震性能を向上させることができた。


所在地 神奈川県横浜市金沢区柴町46
用途 旅館
建主 AIJ

設計・監理
建築・旅館業許可申請 田口佳樹/YTT
耐震設計・文化財活用助言 兼弘彰/USC

規模・構造
延床面積 616.89m2
階数 地上2階
構造 木造